カテゴリ: 選手・話題

21: 名無しさん@Times 2018/06/16(土) 02:10:40.69
オウンゴーラーめっちゃ苦労人じゃん

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引用元:5ch.net

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1: 名無しさん@Times 2018/06/15(金) 23:26:08.21 _USER9
対ロシア戦惨敗のサウジ 3選手に処罰宣告

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「我々は代表選手のために出来る限りをつくした。3年間にわたって彼らの出費をすべて支払い、彼らのために最良の監督団、世界レベルの監督を雇った。
ところが彼らは要求されたことのわずか5%さえも遂行しなかった。」リアノーボスチ通信がスポーツ課課長の声明を引用して報じた。

トゥルキ・アリ・シャイフ・スポーツ課課長は、サウジアラビア王子とファンの前に代表団の惨敗の全責任を引き受けると約束し、キーパーのアブダラフ・アリ・マイユフ、
オフェンスのモハメド・アリ・サラウイ、ディフェンスのウサマ・ハヴサヴィの3選手は処罰を受けることを明らかにした。

https://jp.sputniknews.com/worldcup-2018-archive/201806154995662/

引用元:5ch.net

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1: 名無しさん@Times 2018/06/15(金) 02:38:47.95 _USER9
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2006年ドイツW杯、中村俊輔が明かす「俺が輝けなかった」理由

私が語る「日本サッカー、あの事件の真相」第6回
W杯で輝けなかった「エース」の本音~中村俊輔(1)

「俺は輝けなかったからね……」

 中村俊輔は、2006年ドイツW杯を振り返って、そう言った。

 ジーコ監督が率いた日本代表は当時、「史上最強チーム」と謳(うた)われた。2002年日韓共催W杯でベスト16に進出し、そのときの中心メンバーが軒並み残っており、そのときよりも各メンバーが経験を積み、選手としてさらに成長していたからだ。

 年齢的にも多くの選手が20代半ばから後半を迎え、円熟期にあった。世代別代表でも”世界”で結果を出してきたタレントぞろいのチームはポテンシャルが高く、大会直前の親善試合では、ドイツ相手に互角の勝負を演じた。メンバー構成だけでなく、そうした経緯からも、日本中のファン、そしてメディアはもちろん、選手自身も期待していたチームだった。

 中村はそのチームにあって、中田英寿とともにジーコ監督が信頼を置く絶対的な存在だった。

 しかし、W杯本番では”悪夢”のような試合が続いた。

 初戦のオーストラリア戦は、中村のゴールで先制。幸先のいいスタートを切ったかと思われたが、終盤、途中出場のティム・ケーヒルに同点ゴールを決められると失点を重ねて、1-3と逆転負けを喫した。

 続くクロアチア戦は決定的なチャンスがあったものの、それを生かせずにスコアレスドロー。最終戦のブラジル戦では、力の差を見せつけられて1-4で敗れた。前回大会以上の成績が期待された日本だったが、1分2敗でグループリーグ敗退に終わった。

 中村は3試合にフル出場し、1得点に終わった。

「もっとできたような、でも限界だったような大会だった」

 当時を思い出して、表情に苦いものが走る。

 なぜ、中村は輝けるはずの舞台で輝けなかったのだろうか。

 初戦のオーストラリア戦は、衝撃的な逆転負けだった。

 FKから中村が先制ゴールを決めたものの、勝利を目前にした試合終盤の後半39分に追いつかれた。うだるような暑さの中、オーストラリアに執拗にロングボールを蹴られて、守備に追われた日本はかなり疲弊していた。その結果、リードしている間は維持できていた気力や集中力も、同点にされた瞬間に完全に切れてしまった。わずか数分の間にトータル3ゴールも決められた。

 試合後、中村はピッチでしばらく呆然としていた。

 グループリーグの対戦相手からして、決勝トーナメントに駒を進めるためには、オーストラリアには絶対に勝たなければいけなかった。そういう相手に、しかも逆転で敗れたショックの大きさは、中村や他の選手の朦朧(もうろう)とした表情から読み取れた。

 続くクロアチア戦でも、中村は”らしい”プレーは見せられなかった。結果が出ないなか、中田と中村の両エースに批判が集中した。

 確かにドイツW杯での中村はその2年前、2004年アジアカップ優勝でMVPに輝いたときのような、”違い”を見せるプレーが少なかった。調子が上がらない中村は、日本が勝てない原因のひとつに挙げられた。

 そうした評価とは裏腹に、中村は自らの感覚的には「悪くない」と思っていた。

「俺自身は『なんでそこまで言われるのかなぁ』『わりとやれているじゃん』って思っていた。ただ、結果が出なかったからね。

 やっぱりチームが勝てなかったのは、自分の責任。それは、周囲から言われたからではなく、”10番”ってそういうものだし、その責任は重く受け止めていた。チームを勝たせる責任が”10番”の選手にはあるし、俺を信用してくれたジーコに『もっといい思いをさせてあげたかったなぁ』って思った」

 中村は、大会前と大会中、2度風邪を引いて発熱もあった。クロアチア戦の前は点滴を打って大事には至らなかったが、練習を途中で切り上げているので、かなり厳しい状況にあったのだろう。思うようなパフォーマンスができなかったのは、左足の親指の爪を割るなどの影響もあったが、発熱のダメージのほうが大きいように見えた。

続きはこちらで↓
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180614-00010003-sportiva-socc 

引用元:5ch.net

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1: 名無しさん@Times 2018/06/14(木) 22:22:38.67 _USER9
メッシのそっくりさん登場にモスクワが大騒ぎ…出動した警官隊もサイン求める

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 2018 FIFAワールドカップ ロシア開幕を前に、モスクワの赤の広場で大騒ぎが起きたようだ。6月13日にドイツメディア『スカイスポーツ』が伝えている。

 原因は、アルゼンチン代表FWリオネル・メッシの“そっくりさん”が登場したためだ。以前からメッシ似で話題となっていたイラン人のレザ・パラステシュさんが、バルセロナのユニフォームを着て赤の広場を訪れたところ、自撮りやサインを求める人々が殺到。大きな人だかりができ、現場は大騒ぎとなった。

 あまりの混乱ぶりに、モスクワの警官隊も出動する事態となり、パラステシュさんは警官たちに連れられ、人だかりから救出された。ただ、パラステシュさんがInstagramに載せた動画では、警官たちもこの機会に便乗し、サインと写真を求めていた。

 フランス通信社『AFP』によると、パラステシュさんは「人々が僕を見て喜んでくれる姿を目にすることができて嬉しいよ」と今回の混乱を楽しんでいたようだ。

 なお、メッシ本人はアルゼンチン代表の一員として、6月16日にモスクワのスパルタク・スタジアムで行われる大会初戦のアイスランド戦に臨む。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180614-00776593-soccerk-socc

引用元:
5ch.net
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1: 名無しさん@Times 2018/06/13(水) 22:18:13.10 _USER9

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 日本の10番の“復活”を自分のことにように喜んだ。MF香川真司(ドルトムント)の1ゴール2アシストの活躍で4-2で勝利したパラグアイ戦から一夜明けた13日、日本代表DF長友佑都(ガラタサライ)は試合後に宿舎内のプールで香川とクールダウンしながら2人で話をしたことを明かした。

「点を取ってくれてうれしかったし、自信を持ってW杯を迎えてほしいのもあった」。左足首痛で2月から長期離脱を強いられた香川は5月12日のリーグ最終節に途中出場し、実戦復帰。5月30日のガーナ戦(0-2)、今月8日のスイス戦(0-2)にも途中出場していたが、先発はパラグアイ戦が2月10日のハンブルガーSV戦以来、約4か月ぶりだった。

 長友は「ケガをしてドルトムントで(試合に)出ていない中で代表に合流して、彼自身、ポジティブに考えていたけど、顔が冴えていないなと、10年間一緒にプレーしてきた自分は感じていた」と明かす。その胸中を察していたからこそ、「点を取ったときの彼の笑顔、試合が終わったあとの笑顔を見てうれしかったし、このままW杯に行ってほしいなと思った」と、吹っ切れたような香川の姿が素直にうれしかった。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180613-01655019-gekisaka-socc

引用元:5ch.net

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